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大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)3928号 判決 1960年6月08日

原告 中川林治郎

被告 清水光夫

主文

被告は原告に対し別紙目録記載の家屋を明け渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は主文同旨の判決と仮執行の宣言を求めその請求の原因として、

「一、原告は被告に昭和三一年一〇月一五日金二六〇、〇〇〇円を利息月五分(年六割)毎月末日先払、弁済期昭和三二年二月一五日と定めて貸し付けた。特約として被告が弁済期に債務の完済なきときは原告の意思表示により、被告所有にかかる別紙目録記載の家屋(以下単に本件家屋と略す)の所有権を代物弁済として原告に移転し、被告は原告に本件家屋を明け渡し、原告もしくは被告のいずれかにおいて任意に本件家屋を売却してその売得金をもつて諸費用(登記費用周旋料等)利息、元金の順に充当し残余金があれば被告に返戻する旨を定め、

昭和三一年一〇月一五日代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記をした。

二、被告は約に反して利息および元金の支払をせず弁済期の延期方を申し出た。原告は弁済期日を昭和三二年八月七日まで延期した。しかるに、被告は右期日が到来したのに元金はおろか、その間の利息の支払もしなかつたので、原告は被告に対し昭和三二年一〇月一日代物弁済予約完結の意思表示をするとともに、本件家屋を明け渡すべき旨通告し、その頃被告から受けとつた印鑑証明書、登記委任状各一通を使用して昭和三二年一二月一一日所有権移転の本登記をした。

三、そこで原告は右特約に基いて被告に本件家屋の明渡を求めるために本訴に及んだ。」

と述べた。

被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として

「原告主張の事実を全部否認する。もつとも被告は昭和三四年一月一〇日午前一〇時の本件口頭弁論期日において、原告が被告に金二六〇、〇〇〇円を貸し付けたとの原告主張事実を自白したがこれを取り消す。被告は天理教布教師であつて、本件家屋は教会として被告が建築所有しこれを使用しているものである。被告は本件家屋の建築を昭和三一年六月頃訴外明神督則に委任し、そのために必要な範囲で白紙委任状を交付し、被告の印鑑の使用を委ねておいた。明神は右印鑑等を使用し被告名義を冒用して原告から金借し代物弁済予約をしたものである。」と述べた。

原告は「被告の右自白の取消に異議がある。右自白を援用する。」と述べた。

証拠として、原告は甲第一号証ないし甲第三号証甲第四号証の一ないし四甲第五号証の一ないし四甲第六号証を提出し、証人三枝円治郎の証言を援用し被告は甲第一、二号証の成立を認めた。

理由

原告は被告に対し昭和三一年一〇月一五日金二六万円を貸し付けたと主張し、被告は原告から右金二六万円を借り受けた事実を認める、と述べた(昭和三四年一月一〇日の本件口頭弁論期日)のであるが、被告はその後(同年二月七日の本件口頭弁論期日)になつて右自白を取り消した。しかしながら、右自白が真実に反し、かつ錯誤に基づくものであることの主張も立証もないから、右自白の取消は許されない。

当事者間に争いのない右金銭貸借のあつた事実に、成立に争いのない甲第一、二号証ならびに証人三枝円治郎の証言を総合すれば、右貸金の利息は月四分弁済期は被告が別途になす信用組合の積立預金の期間満了のとき(その具体の年月が原告主張の昭和三二年二月一五日であるかどうかはわからない)という約定になつており、右貸金の担保の趣旨で、被告所有の本件家屋について代物弁済の予約が締結され、被告が債務の履行を怠つたときは、本件家屋の所有権を代物弁済として原告に譲渡して原告名義に所有権移転登記をする、そして、原告は譲渡を受けた本件家屋を他に任意売却するが、もしその売得金額が、被告の債務額を超えるときは超過分は被告に返還する債務額に満たないときは不足分は被告において支払う旨の特約が定められ、貸付の翌日である昭和三一年一〇月一六日権利者原告、原因同月一五日代物弁済予約として所有権移転請求権保全仮登記を了した。被告は約に反して別途の積立預金をなさず、利息を一回も支払わず、期限が到来したのに元金の支払もしなかつた。そこで原告は被告に対し昭和三二年一〇月一日右予約完結の意思表示をなし、同月一〇日所有権移転登記を了した。被告はその後も本件家屋を占有しており、家賃を支払うから本件家屋を貸して欲しいとの意向を表明したことを認めることができる。以上の認定に反する証拠はない。

およそ、貸金債権の支払を確保するために一般的に行なわれる物的担保の方法としては、民法の定める担保物権の設定のほかに、担保の趣旨で所有権を債権者に移転しておく、いわゆる売渡担保とか譲渡担保の約定があり、また担保の趣旨での代物弁済の予約もしばしば利用されるところであり、不動産については所有権移転請求権保全仮登記を経由することによつて大きな効用を発現していることは周知のとおりである。

担保の趣旨で世上一般になされる代物弁済の予約には用語は同じであつても実質上は二種の区別が認められる。一つは、債務者の債務不履行を理由とする債権者の予約完結権の行使により、目的物件の所有権は債権者に移転するとともに、債務はこれによつて消減するという民法第四八二条に定める効力を有する(そのなかには債務の全部の消滅をきたすものと、一部の消滅にとどまるものと、目的物の価格を問わない真正代物弁済と、その価格の過不足を問う清算的代物弁済とがあるが、その点はしばらく措く)ものである。他の一つは、予約完結権の行使により、目的物件の所有権者は債権者に移転するが、それによつて債務は消滅することなくなおそのまま存続し、その代わり、債権者は債権の満足をはかるため、目的物件の換価処分権を取得し、その換価処分をしたときは換価金による債権の清算決済を行ない、その結果、換金額が債権額を超えるときは債権は消滅しかつその超過分は債務者に返還することを要するが、換金額が債権額に足らないときは、対当額について債権は消滅するにとどまり、その不足分はなお債務者に請求しうるところのものである。前者はいわば本来の意味における代物弁済を指向しこれを本体とする担保契約である。後者はこの本来的代物弁済の予約と異なり、代物は弁済の手段として債権者に帰属せしめられるにすぎず、代物所有権の移転とその換価ならびに清算決済の三者からなる、しかも清算を終局に描くところの担保契約、換言すれば、代物弁済とはいうものの、前者とは似て非なるもの、目的物件は弁済の資としての単なる代物であり、換価と清算を必ず伴わねばならない、これを本体とする担保契約である。以下この種のものを代物換価弁済の予約と称する。

代物換価弁済の予約のもとにおいては、債務者が債務の履行を怠り、債権者がこれを理由として予約完結の意思表示をしたときに、初めて目的物件の所有権は債権者に移転する。したがつて、債務不履行が未然のことであるのに当初から所有権の移転を生じている譲渡担保とは趣を異にするわけであるが、清算決済が予定され、その実施によつて債務の消滅をきたすことにおいて両者は近似するものがある。

ところで、貸金債権の担保として、特約により、債務者所有の不動産について代物換価弁済の予約がなされた場合、債権者は債務の履行を怠つた債務者に対し予約完結権を行使してその所有権を取得したときは、特段の事情のないかぎり、特約の効力としてその換価処分のため、債務者の占有する目的不動産の明渡を請求することができるものと解するのが相当である。なんとなれば、本来的代物弁済の場合には換価処分は当面の問題とはならないから、債権者が、所有権に基づく明渡請求権を取得し必要があつてこれを行使することは別として、代物弁済の特約の効力として明渡請求の能否を考察の対象とすべき理由も必要も存しないが、代物換価弁済の場合には、換価処分が予定されそのための所有権の移転であるから換価処分がなされなければ問題は片附かない。一般に不動産の処分換価は必ずしもその明渡をまつてしなければならないものではなく、なんびとかの占有使用に委ねたままでもなしえないというものではない。しかし明渡の有無によつて処分の難易が著しく異なり、価格の高低が大きく左右されることは見易い道理であるから、特段の事情のないかぎり、換価処分を容易かつ十分ならしめるために、債権者は目的不動産を占有する債務者に対しその明渡請求権を(その明渡を明示したといなとにかかわりなく)取得するものと解するのが契約の趣旨に合致すると考えられるからである。

本件についてみるに、さきに認定した事実から判断すると、本件の代物弁済の予約は、貸金債権の担保の趣旨でなされた代物換価弁済の予約と認めるほかはなく、原告はこの特約の効力として被告に対しその占有する本件不動産の換価処分をはかるためにその明渡を請求することができるものであつて、これを別異に解すべき特段の事情の存することを認める証拠はない。

よつて被告に対し本件家屋の明渡を求める原告の請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用しなお仮執行の宣言は相当でないと認めこれを付さないことにし主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆)

物件目録

大阪市都島区内代町四丁目七番地の二地上

家屋番号同町第四二番

一、木造柿葺二階建居宅及教会 一棟

建坪 二〇坪三合九勺

二階坪 一三坪八合五勺

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